東京地裁で判決言渡し 原告側の主張を認める
(「神社新報」令和3年3月29日号)
神社新報は、3月29日号で、18日に言渡しのあった東京地裁判決の記事を第1面に掲載。さらに第2面において判決理由の要旨を紹介した。
これまで、百合丘職舎売却問題や地位確認訴訟に関する記事や投稿の掲載には及び腰だった神社新報であったが、今回は、田中総長・打田会長に忖度することなく、判決の結論のみならず、判決理由をきちんと紹介しようとした姿勢は評価したい。
しかし、一番の問題点は、記事中で、判決の理由について紹介されてはいるものの、「裁判所がいかなる事実を認定したか」が全て捨象されている点である。それがゆえに、一般の読者は、この記事をいくら読んでも、いったい本庁で何があったのか、何が原因でこのような事件になったのかがわからない。「(原告が)事実を真実であると信ずる相当な理由があった」とのいっても、いったい裁判所が『いかなる事実』についての真実性を問題とし、いかなる事実認定を基礎に「真実相当性」をと肯定したのかがわからないのある。
今回の判決の中で、裁判所は、百合丘職舎売却の経緯、十数年前からの特定業者との癒着、反社会的勢力とのつながり、それに対する一部の役員や職員の関与などに関する事実を、書庫に基づいて丁寧に事実認定を行っている。そのような事実認定があってこその「真実であると信ずる相当な理由」なのである。そこをきちんと説明しないで、抽象的な話ばかりを「判決理由」として紹介されても、読者には真相が伝わらない。
紙面の都合もあるのだろうが、(ア)規範の定立⇒(イ)証拠による事実認定⇒(ウ)あてはめ(判断)という論理展開のうち、(イ)を全面的に捨象して、(ア)と(ウ)だけを書いても、読者は「そんなもんか」としか思わない。
この裁判での原告と被告との3年半にわたる攻防の大半は、この(イ)の部分の立証に費やされたのである。
神社新報には、ぜひ、次号において、この判決の中でいかなる”事実”が認定されたのか、神社本庁においていったい何が行われていたのかを、報道機関としてきちんと検証したうえで、すべての神社関係者にわかるように丁寧に説明していただきたい。