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権力という麻薬が人々を麻痺させる錯乱の時代
ー田中政権の長期化で神社本庁は存立危機事態に
(月刊「レコンキスタ」令和8年1月1日号)

R8.1
「・・・昨年5月の評議員会では強引な裏工作が功を奏して、理事17名の大半が田中応援案という役員執行部を樹立させ、鷹司統理の指名も受けて6期目の総長に就任した田中氏であるが、予想通り組織の屋台骨の至る所に歪が生じ、行く手には幾重にも暗雲が棚引いている。田中体制の一日も早い崩壊を期待する側としては喜ばしい限りだが、等の本庁執行部側はそのことに気づいていないようなので、敵に塩を送る形になるが簡単に解説しよう。
どんな組織にも当てはまることだが、組織存続のために一番大切なことは、後継者の育成である。その本道は、組織存立の理念に対して自ら理解を深め、伝えてゆくことにある。とりわけ、神々に対する祈りの場として、主に農山漁村で暮らしを営む人々ともにさまざまな伝統神事や祭りを継承してきた神社にとって、都市化がここまで進んだ現代社会における神職後継者の育成は、最大の課題であろう。
こうした現状に対し、伝統的な信仰上の課題よりも、宗教法人「神社本庁」における自らの代表役員や責任役員としての地位を守ることに心血を注いできた田中総長以下の現在の神社本庁執行部には、こうした問題について議論し、必要であれば神社本庁の組織を挙げて対処してゆくという姿勢は全く見られないようだ。地方の神社の後継者問題をめぐる厳しい現実が筆者の耳にも届いているが、今の神社本庁には、その現実を受け止めている気配がない。宗教法人としての範囲でしか物事を考えられなくなってしまったのだから当然といえば当然だ。
宗教法人法には代表役員や責任役員の選任方法は書かれていても、神職は僧侶、ましてやその後継者のことなど書かれていない。法人法ばかり後生大事にしている宗教団体は、一代限りで終焉を迎えることだろう。組織の存続、つまり理念の承継は代表者の聖なる責務であり、法人運営は事務方に任せられても、これだけは任せられない。
年が明けると伊勢神宮では、令和15年に行われる第63回式年遷宮の諸行事がはじまる。これ前以上に世間の注目が集まるだろうが、当然それは全国の神社にも向けられ神社本庁にも及ぶことだろう。田中政権の長期化で存立危機事態にある今の神社本庁は、その視線を受け止め、期待に応えることができるだろうか。
理念より利権によって結びついた面々により構成され、先人たちが構築してきた規範をも無視した運営を続ける執行部では、とてもその任を果たすことはできないだろう。
今の時代は共産党員公明党員でさえ神社にお参りする。多くの場合、組織を滅ぼすのは敵対勢力でなく無能な味方であることを、全国の神道人は心得ておくべきである。」